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雇われの身 打ち砕かれた異国への憧れ 植民地主義に利用されたスイス傭兵

19世紀、外国の植民地軍の征服活動に加勢するため、数多くの若いスイス人がアジアやアフリカに派遣された。欧州におけるスイス人傭兵の役割は広く知られているが、遠い異国の地で搾取されてきた彼らの過去を明らかにする文書が見つかった。

全て一つ屋根の下 スイス初のショッピングモール

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消費と文化 1970年:スイス初のショッピングモールが誕生

50年前、スイス初のショッピングモールがアールガウ州に誕生した。チューリヒ郊外にできた「天国」だった。

腸チフス 死に至る伝染病に襲われたツェルマットの過去

新型コロナウイルスが流行するよりずっと前の1963年、スイスのリゾート地ツェルマット(ヴァリス州)でチフスの一種が流行した。437人が感染し、うち3人が死亡した。今のスイスと同じように、ホテルやバー、レストラン、スキー場が閉鎖された。

戦争の遺物 スイスで次々見つかる不発弾

スイスの湖底やアルプスの地下に眠る第二次世界大戦時の爆弾、手りゅう弾などの爆発物処理は、スイス政府の積年の悩みでもある。

第二次世界大戦 スイスパスポートでヒトラーの死の収容所へ

ナチスの強制収容所に収容されたスイス人は、少なくとも391人を数える。そのほとんどは在外スイス人だ。この度、3人のジャーナリストが初めてスイス人被収容者の運命に光を当て、それを例証する歴史本を出版した。

ヒロシマサロン 広島・原爆の記憶伝える欧州在住の日本人俳優

欧州ドイツ語圏の劇場では唯一の日本人専属俳優、原サチコさん(55)が本業の傍ら、一人舞台とトークセッションで広島の原爆の記憶を伝える「ヒロシマサロン」を続けている。きっかけはある被爆者との出会いだった。

外交関係 対中国交樹立から70年 スイスの葛藤と恩恵

70年前、スイスは中華人民共和国を公式に承認した最初の西欧諸国の一つだった。これにより、スイスはその後数十年、共産主義政府との良好な関係を維持し恩恵を受けた。特に1970年代、中国が経済開放によってスイスにもたらした利益は大きかった。

現実に近いストーリー バチカンのスイス衛兵が漫画に

バチカンのスイス衛兵が、初めてコミックになった。ストーリーはフィクションだが、現実にかなり近い内容だ。スイス衛兵も著者に全面協力した。衛兵のイメージの近代化、そして新兵のリクルーティングに役立てるのが狙いだ。

スイスの宗教 スイスは本当にキリスト教国?

スイスはキリスト教徒が最も多い。だが様々な信仰が混在しているのも事実で、宗教や宗派も多岐にわたる。

フィシュ・スキャンダル スイス最大のスキャンダルから30年

今から30年前、スイスは史上最も深刻な政治危機に陥った。いわゆる「フィシュ・スキャンダル」が露呈したのだ。

人々の通信を支えた技術 スイスの公衆電話ボックスの歴史

電話ボックスー。それはカップルが密かにデートした場所、人々がタバコの煙の厚い雲の中で何時間も会話した場所、ホームレスの人々が雨をしのいだ場所、あるいは子供たちがいたずらをした場所だった。  しかし、この時代は終わりに近づいている。 ...

伝説 スイスで信じられていたオオカミ人間の存在

スイスの狂気的な魔女狩りは西部から広まったが、18世紀のスイスでは「狼男狩り」も行われていたことを知る人は少ない。アルプスに囲まれた土地での狼人間への信仰は、どのようにして生まれたのか。その歴史を紐解く。

軍隊廃止イニシアチブから30年 スイス国民が軍隊にノーを突きつけた日

スイスで軍隊廃止案の賛否を巡り国民投票が実施されたのは、今から30年前。賛成票が予想以上の伸びを示し、その後の軍隊改革につながった。それは冷戦からの解放にも影響を及ぼしたといえるのか。当時の立役者たちが回想する。

宗教 スイスの奥地にあるユダヤ人墓地

人里離れた森の奥に、スイス最大・最古のユダヤ人墓地がある。アールガウ州エンディンゲンとレングナウの堺の無人地帯にこんな墓地ができたのはなぜなのか。

住宅事情 社宅から高級住宅へ スイスの組合住宅

第一次世界大戦後、スイスでは多くの人が住まいを失った。危機を救ったのは、非営利組合所有の集合住宅(コーポラティブ住宅)だった。今年は多くの集合住宅が100歳の誕生日を迎えている。

冷戦 ベルリンの壁崩壊に立ち往生したスイス

今日から30年前、ベルリンの壁の崩壊を、スイス全土がかたずを飲んで見守った。だがお祭りムードにはぎこちなさもまぎれていた。多くの人は、冷戦の終結にどう向き合ったらいいのか正確に理解していなかったのだ。ら」

シヨン城の歴史 「シヨンの囚人」は誰だったのか? その足跡をたどる

レマン湖の上に突き出た岩盤の上に立つシヨン城は、スイスで最も訪問者が多い歴史的建造物だ。その名声は、イギリスの詩人バイロンが書いた長編叙事詩「シヨンの囚人」によるところが大きい。この作品は、小説のような人生を送った実在の人物、フランソワ・ボニヴァールに着想を得て生まれた。。

共同プロジェクト「The Sounds of...」 世界の情報が短波ラジオで回っていた時代

スイスインフォが誕生したのは20年前。その前は70年間、短波ラジオとしてこの世に存在していた。 1930年代半ばから2004年まで、スイスの国際ニュースはスイス国際放送(SRI)が放送していた。最初の数十年は短波ラジオの全盛期だった。外国のニュースを仕入れる唯一の手段だったからだ。

シリーズ「スイスのアナーキスト」第7回 チューリヒに煙る赤いテロリズム

警察署前での発砲――そして4人の男たちはこっそり逃亡した。だが若い警察官のベックは、そのうちの1人に見覚えがあった。1907年の犯罪事件の背景にいたのは、アナーキストのグループだった。

冷戦 「民間防衛」時代を間違えた危機管理マニュアル

有事に備える危機管理マニュアル「民間防衛」がスイスの全家庭に配られたのは、今から50年前。冷戦時の反共産主義を機に生まれたハンドブックは、一部国民の激しい怒りを呼んだ。1969年に出版された当時、スイス社会はすでに劇的に変化していたからだ。