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肉よ、さらば〜南スイスのカーニバル

ルガーノの音楽パレード swissinfo.ch

クリスマスから続いた冬のバカンスが終わると、すぐにカーニバルがやってきます。キリスト教に関係するこの古いお祭りは、現代風に形を変えながら、今もティチーノの人にとって重要な年中行事です。子どもも大人もみんなで楽しみを分かち合い、1ヶ月近いお祭り期間が終わるころ、ティチーノにはスイスでもっとも早い春がやってきます。

 2月の初旬。買い物のついでにいつものパン屋に寄ると、揚げ菓子がたくさん並んでいました。砂糖をたっぷりまぶした小さなドーナツや、甘いパスタ生地を揚げたさくさくのキアッキエレ。口あたりがよく、いくらでも食べられてしまう(女性には悪魔のような)このお菓子は、カーニバルが始まることを教えてくれます。

 カーニバル––イタリア語では「カルネバーレ」と言うこのお祭りは、ラテン語の「カルネ=肉」「バーレ=さらば」が語源とされ、日本語では謝肉祭と訳されます。名前のとおり、復活祭までの断食期間が始まる前に、美味しいものを食べて騒ごうというキリスト教に関係したお祭りです。

 趣はまったく違いますが、リオデジャネイロのサンバカーニバル、優美な仮面の仮装で有名なベネチアのカーニバルなども、同じ起源のお祭りです。

豪華な仮面の仮装 swissinfo.ch

 ティチーノでもカーニバルは重要な年中行事で、学校などは1週間のお休みになります。お祭りは各地で開かれ、北部から始まってだんだん南下しながら、すべてが終わるのは約1ヶ月後。昼は楽団の華やかな音楽と仮装のパレード、夜は野外テントでバンドやDJが入るナイトイベントと、賑やかな騒ぎが大きな街では数日間も続きます。

 祭りから祭りへと方々へ出かけるお祭り好きもいれば、こんな騒ぎは苦手という人もいますが、カーニバルにまったく関係したことのないティチーノ人はいないのではないでしょうか。

楽団は、グループごとに衣装などにくふうをこらしている swissinfo.ch

 地元の幼稚園や小学校では、みんなで衣装を手作りして、仮装行列に参加します。迫力ある楽団の後ろに子どもたちがちょこちょこと続き、沿道に紙吹雪を散らして行く様はそれはかわいいものです。

 息子が通っていた小学校では、親が主催する立派な軽食会が開かれて、美味しいリゾットがふるまわれました。当時はカーニバルにリゾットをふるまうのは、1800年代半ばから続く、ティチーノの伝統ある風習だとは知らず、ただその美味しさに感心していました。厨房ではお父さんたちが、丸ごとの鶏からブロード(ブイヨン)を煮出していて、さすがだと驚いたものです。

 お姫様やスパイダーマンの仮装で喜んでいた子どもたちも、中・高校生になると、おしゃれをして夜のカーニバルに行きたがるようになります。「つい数年前はプリンチペッサ(お姫様)で満足していたのに」と思春期の子どもがいる友人は、肩をすくめます。

 夜のカーニバルは日本でいえばクラブ(ディスコ)のような所で、朝まで音楽が流れ、バーカウンターではお酒も飲めるなど、若者には魅力的な遊び場です。しかし、1年に1度の無礼講とばかりに街の物を壊したり、急性アルコール中毒や乱闘騒ぎで亡くなる若者もいて、問題にもなっています。

昼間以上に賑わう夜のカーニバル swissinfo.ch

 私には驚きなのですが、成人前の16、17歳(スイスの成人は18歳)の子どもでも、カーニバルは朝帰りOKという家庭は多く、ルガーノで一番優秀な高校でも、朝帰りの子どもたちのために早朝4時、5時から学校を開放して、授業が始まるまで仮眠がとれるようにしています。

紙吹雪を散らしながら歩く子どもたち swissinfo.ch

 一方で、朝帰りなんてもってのほかという家庭もあり、帰宅時間を巡って親子バトルになる話もしばしば聞きます。友人親子は、なんとか午前2時の帰宅で合意。カーニバルの期間、お父さんは何度となく夜中に目覚ましをかけて起き、駅までわが子を迎えに行ったそうです。

 夜のカーニバルに集まるのは、若者だけではありません。ママたちも仲良く仮装をし、連れ立って出かけていきます。

 当日の夜はメンバーの家に集まって、ピザをつまみながら、お互いにお化粧をし合ったり、衣装の着替えを手伝ったり。その間もずっと賑やかなイタリア語のおしゃべりは、やむことがありません。

 ママたちが行くのは、あまり最先端過ぎない、ちょっと古めの音楽がかかる場所。ティチーノを離れてしまった人たちも、カーニバルの夜には戻ってきて、即席同窓会になることも。青春時代の曲が流れると、みんなで大合唱が始まります。

カーニバルのお菓子。奥が揚げドーナツ、手前がキアッキエレ swissinfo.ch

 お祭り騒ぎの後には肉を断つ ––そんな宗教的な意味合いはずいぶん薄れているものの、断食期間に倹約したお金を教会に寄付するなど、今も残る習慣もあります。

 甘いものをやめる、禁酒するなど、ちょっとした節制を守る人もいて、チョコレートをやめるなんていう子どもの話も聞きます。

 友人の87歳になるお姑さんは、高齢なこともあり、仮装をしたり行列を見に行ったりすることもほとんどありません。それでも毎年かならず、カーニバルの揚げ菓子をどっさり作ります。

 昔はティチーノはとても貧しい地域で、1年に1度、砂糖のたっぷりかかったお菓子を食べたのが本当に幸せだったのじゃないかしら、と友人は言います。

 仮装にはしゃぐ子どもたち、お祭りで出会った彼や彼女、たいせつな友人と過ごす夜。形は人それぞれだと思いますが、カーニバルはティチーノの人の幸せの記憶と、どこかでつながっている気がします。

 この国で異邦人の私ですら、「食べてみて。美味しいよ」と、揚げ菓子を口に入れてくれた友人の明るい笑顔は、季節が巡るたびに幸せな思い出として蘇ると思うのです。

奥山久美子

神奈川県生まれ、福岡県育ち。都内の大学を卒業後、料理や栄養学を扱う出版社に就職。雑誌、書籍の編集業務に携わる。夫の転職に伴い、2012年からイタリア語圏ティチーノ州に住む。日本人の夫、思春期の息子2人の4人家族(+日本から連れてきた猫1匹)。趣味は旅行、読書、美味しいものを見つけること。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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