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福島第一原発事故から1000日続いた スイス人の抗議

グラウザーさんのグループの活動を支援して3月10日、150人の人が集まった。中には、若者や無邪気に反原発の旗を振る子どもの姿もあった。脱原発は、何と言ってもこうした子どもたちのためだ swissinfo.ch

その日、エネルギーエンジニアのヘイニ・グラウザーさん(63)の顔は輝いていた。今年の3月10日は、福島第一原発事故にショックを受け「スイスの原発にも同じことが起こり得る」と確信したグラウザーさんが連邦核安全監督局前に抗議のために立ち始めてから、ちょうど1000日目にあたった。願いはただ一つ。「日本の原子力規制委員会にあたるこの監督局が、正しい規制基準を適用し、スイスの全原発を廃炉に持ち込んで欲しい」ということだ。

 1000日目の抗議を祝うイベントには、150人の仲間や支援者が旗や横断幕を手に集まった。緑の党のレグラ・リッツ党首も演説に駆けつけた。地元新聞やユーロニュース、ドイツテレビ局のカメラが撮影を開始する中、アルプホルンの演奏に次いでグラウザーさんがリッツ党首を紹介し、マイクを手渡した。

 「グラウザーさんが始めた抗議活動は、持続性のある重要なもの。スイスの脱原発に向けた今の動きに弾みをつけてくれるものでもある。この秋には、原発の寿命を45年に限定する緑の党提案のイニシアチブ(国民発議)が国民投票にかけられる。脱原発に向け、ともにがんばりましょう」。大きな拍手が起こった。

グループ「Mahnwache vor dem ENSI(立ってENSI に警告を発する行為)」は、普段こんな感じで立っている swissinfo.ch

連邦核安全監督局前の「警告人」

 この日の華やかなイベントとは対照的に、グラウザーさんとその仲間が日ごろやっている活動は、とても「地味」だ。連邦核安全監督局(ENSI)が入っているスイス・ブルック駅前ビルの入り口横に、毎週月曜~木曜日のENSI職員が退出する夕方5時~6時に、ただ反原発の旗を持って立っているだけだ。

 1回平均6人が立つという、このグループの名前は「Mahnwache vor dem ENSI(立ってENSI に警告を発する行為)」 。雨が降ろうと雪が降ろうと立っている。「だまって立っているのはさすがに退屈なので、立っている仲間で原発について話し合う。良い議論の場になると皆喜んでいる。ただし、通りを歩く人に自分たちから声をかけてはいけないと自治体から言われている。しかし、これもおかしな話なので、今交渉中だ」

 だがこのグループは、それほど組織化されたものではない。その日に立つ人を正確に把握している人は誰もいない。立ちたいと思った人がグラウザーさんの作成したリストに名前を書き込むだけだ。また何日間立たなければいけないという義務もない。1カ月続けて来る人もいれば、月に1回しか来ない人もいる。

 「この僕だって、1000日のうち800日しか立っていない。家族と休暇に出かけた週だってあるからね。大切なのは、1人でも、誰かが必ず立っているということだ」 

この日、イベントのオーガナイズに忙殺されたヘイニ・グラウザーさん。しかしその顔には、1000日間立ち続けたという達成感と満足感が満ち溢れていた swissinfo.ch

福島の原発事故に大きなショック

 グラウザーさんは建築家だった。そのうち、断熱材や二重窓を使った個人宅のエネルギー設計を手がけるようになり、地域全体のエネルギー設計も専門にしていく。そんな中、原発の危険性と、投資されるお金と利益、安全性の間にアンバランスがあると気づいていく。

 それに、孫5人がしょっちゅう遊びに来る自宅は、「世界最古」のベツナウ第一原発からわずか8キロメートルの距離にある。もう一つのライプシュタット原発からも14キロメートル、ゲスゲン原発からも20キロメートルに位置する。「福島の原発事故は大きなショックだった。そのときベツナウ原発にも同じような事故が起こり得ると確信した。50代後半だった僕は放射能の影響を受けても、人生の先が見えている。しかし、幼い孫たちが大量の放射能を浴びるかと思うと、いてもたってもいられなかった」

  「事故後の数日間、僕に何ができるかと考えた。1回限りのイベントではなく、何か持続できる抗議活動はないかと。そのとき、自転車で5分のところにENSIがあると気がついた。ここが、原発の安全性にお墨付きを渡しているところ。重大な責任を負っているところだ。彼らに、責任をきちんと果たして欲しいと、圧力をかけようと思いついた。反原発の旗を手に1人で入り口に立ち始めた。福島の原発事故後10日たったときだった」。その後、1人また1人と一緒に立ってくれる仲間が増えた。今では約600人のメンバーがいる。

日本は安全だと主張していた

 このENSIだが、チェルノブイリの事故が起きた直後、「技術面でも情報の透明性においても遅れている『あの』ロシアだから起きたのだ。技術面でも安全規制においてもレベルが高い欧米と日本では、原発事故は絶対に起きない」と強調した。特に日本をいつも引き合いに出し、スイスと日本の原発を同じレベルだと高く評価していたとグラウザーさんは言う。

 その日本で、大事故が起きた。「これで、スイスの原発は全てストップするだろうと思った」。「しかし、そうはならなかった」

 実は、ENSIの前で立ち続ける中、ENSIのトップが話しかけてきたり、ビルの中に招かれて議論したりしたことが、過去5年間で4、5回あったという。「しかしENSI側は、自分たちは決まった規制基準に従って審査を行っているだけだ。それが自分たちの仕事。安全性は、電力会社の責任と言うだけだった」

 だが、グラウザーさんは、ENSIには安全性を考慮したもっと厳しい規制基準を作成し、それをきちんと適用していく責任があると考えている。「実は福島の事故後、ベツナウ原発のそばを流れる川の水位が、852年に大洪水で数メートルも上がったという記録が発見された。福島とまるで同じ話だ。こうした過去の話を無視して作られている今の規制基準は信用できない」

ベツナウ原発が廃炉になる、その日まで立つ

 1969年に建設され、今年47年目の稼動に入る世界最古のベツナウ原発。ところが、つい2週間前、連邦議会では「原発の寿命に制限を設けない」との決定が可決された。前出の緑の党が今秋に国民投票にかけるというイニシアチブは、まさにこの寿命を45年に制限しようというものだ。もしイニシアチブが可決されれば、ベツナウ原発は廃炉に追い込まれるはずだ。

 「確かにスイスには、(日本とは違い)イニシアチブという国民の声を反映する直接民主制の制度がある。だが原発推進側のロビー活動も根強く、イニシアチブが可決されるかどうかはわからない。ただ一つわかっていること。それは、ベツナウ原発が廃炉になると決定されるその日まで、僕たちはENSIの前に立ち続けるということだ」と、グラウザーさんは言った。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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