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30カ国もの女性が集う ~女性のための朝食会

季節感あふれるテーブルコーディネイト。サクランボは、もちろん食べてもOK swissinfo.ch

夫や子どもを家に残して、集まるのは年齢・職業・国籍・宗教を超えた女性たち。焼きたてのクロワッサンや新鮮なフルーツを味わいつつ、参加者のスピーチに耳を傾ける・・・というイベントがある。バーゼルのプロテスタント教会で行われる、「女性のための朝食会」である。

 この朝食会は、あえて国際交流を謳っているわけではない。けれどバーゼル住民の3割は外国人、そして会の公式言語は標準ドイツ語となると、必然的にインターナショナルとなる。

 つまり参加者は、スイス人女性に限らない。日頃、スイスの方言がわからないというストレスに悩まされ、せっかく学んだドイツ語を使う機会がないと嘆く移民の女性たちも、年に4回、ここに集まってくる。

ハム、サラミ類。宗教上の配慮から、どの動物の肉かが明記されている swissinfo.ch

 会の朝食は、ビュッフェ形式。私もここでは、典型的なスイスの朝食を楽しむ。すなわちクロワッサン、ツォプフ(バターたっぷりの三つ編みパン)、全粒粉パン、チーズ各種、ハム各種、トマト、ゆで卵、バター、ジャム、蜂蜜、ヨーグルト、フルーツ、コーヒー、紅茶、ハーブティー、ジュース……。

 スイスの定番朝食メニューでここにないものは「ミュースリ」ぐらいか。ジャムや蜂蜜をぬったパンに、さらにチーズ一切れをのせ食べるという習慣もここで知った(私も試してみたが、なかなかいける)。

モロッコ人提供の、甘いクスクス。シナモンシュガーでおいしくいただいた swissinfo.ch

 参加者からの差し入れがある時は、異国の味も飛び入りする。チーズ味のパン、セモリナ粉で作ったマフィン、スパイスの効いたスポンジケーキなど。私も草もちを持参したが、意外と好評だった。緑色は抹茶かピスタチオかと、あんこはチョコかと思われ、「あまり甘くないわね」と言われたけれど。

夏には、ひまわりが飾られていた。左端に写ったジャムは、参加者による手作り swissinfo.ch

 では、会の流れを見てみよう。9時半になると、司会者の女性がカウベルを鳴らし、おしゃべりに花を咲かせている参加者たちの注意を引く。始まりの挨拶の後、各自がビュッフェで好きなものをとって着席、続いて参加者全員の出身国の紹介がある(台湾、スコットランドなど、地域名で呼んでもらう人もいる)。ここで多いのはタイ、そしてトルコ。あとはほぼ分散している。

 私は日本人だから会釈をするが、起立だけの人、笑顔を振りまく人、両手を振る人、いろいろである。同郷の友をそこで見つけて喜ぶ人もいる。

国籍はスイス人2割、外国人8割といったところ。年齢層も30代から60代までと幅広い swissinfo.ch

 参加者たちのドイツ語レベルは、多岐にわたる。実際、スイスドイツ語で問題ないという外国人女性も少なくない。たとえば難民として入国し、同郷の友も少なく、スイス人社会に入らないと生活していけないという人たちがそうだ。

 朝食を食べながら、隣の人に話しかける。相手のドイツ語があまりに流暢で、何かの拍子に別の人が会話を引き継ぎ、私はひとり取り残される、ということも残念ながら、ある。

 それでも私はくじけない。ここでは、いつも積極的に話しかけるよう心がけている。ふだん標準ドイツ語を聞き話す機会が乏しい私にとって、このイベントは実に貴重な場なのである。

ちなみに参加費は無料。寄付したい人のみ、設置されている箱に好きな金額を入れる(こういう形のイベントは非常に多い) swissinfo.ch

 さて、歓談も一段落した、10時半ごろ。女性が1人ずつ前に出て、自身の半生や日常について、15分ほどスピーチをする。続いて、質疑応答。いつも2人と決まっていて、1人が外国人、1人がスイス人である。外国人のスピーチは、故郷の写真を見せてくれたりと興味深い。あるトルコ人女性は過疎地の出身で、水道はあるが電気も電話もない生活だったという。それで不便を感じないどころか、見たことがないから欲しいとも思わなかった、などと語っていた。

 または難民としてスイスに入国したボスニア人が、現在の仕事について語る。私たちの目に映るのはごく普通の、きれいに化粧をして金のアクセサリーを身につけた女性だ。彼女は笑顔で話していたが、かつてはどれだけ涙を流したのだろうと想像したりする。

 外国人の場合、その訛りゆえに聞き取りにくいことも多いのだが、あるセルビア人女性は非常にきれいなドイツ語を話した。スイス生まれのスイス育ちかと思いきや、両親は先にスイスに来たものの、彼女自身はずっと母国で祖父母に育てられていたという。高校に入った頃、生活が落ち着いたので、両親が娘を呼び寄せた。ほとんど記憶にない両親と、ある日を境に一緒に暮らすことになったのである。ではドイツ語はどこで覚えたかというと、いつかスイスに渡る日を夢見て、セルビアで受信できるドイツのテレビを毎日見ていたのだそうだ。

この女性はドイツ人。バーゼルで絵画を教えている。視覚に訴えながら、わかりやすいスピーチをしてくれた swissinfo.ch

 そんな波乱万丈なストーリーに比べて、スイス人はもっと平穏な人生を、そして身近な話題を掘り下げて話す。語彙が豊富で、私には理解できないことも多々ある。よく「わからなかったら手を挙げてください」と言う人がいるが、そんなことはとてもできない。理解していない人は私のほかにもいると思うのだが。明らかにスイス人限定の笑いがもれていることもあるので……。

 そんな中、ボリビアで働いていたというスイス人女性のスピーチは印象的だった。彼女は冷たく厳しく閉鎖的なスイスが嫌で海外へ飛び出していった。それが数々の経験を経た今、「スイスはなんと温かい国だろう」と、母国の懐の深さを実感しているという。

どの国の女性も皆、堂々と話しているので、いつも感心してしまう swissinfo.ch

 実は私もスピーチに挑戦したことがある。常連ということで打診されたのだが、迷った末、ドイツ語の勉強になるだろうと思い、引き受けた。

 準備には、実に4ヶ月近くかけた。まずは日本語で原稿を書き、グーグル翻訳で訳してから(ゴメンナサイ!)、自分で文を整えた後、スイス人の友達にチェックをしてもらった。堂々とスピーチする姿を夢見て、何度も声に出して練習したが、やはり暗唱することはできなかった。本番ではひたすら原稿を目で追い、片時も目を離せないまま、顔を上げることもなく読み終えた。

 なのに何故か、終わった後でみんなにお褒めの言葉をかけていただいたのである。まるでキツネにつままれたようで、自分でも驚いた。おそらく私のスピーチのやり方や内容があまりに他の人と違っていたために、なにやら新鮮に写った、ということらしい。

昨年までは、このベアトリス(写真左)がプロテスタント教会で、移民のための様々なプログラムを企画していた。今年になって、バーゼル市の移民局との共同開催になった swissinfo.ch

 私はスイスに来た当初から、このイベントに欠かさず参加している。ドイツ語が達者な外国人女性に接することで、大変な刺激を受ける。自分のドイツ語でもこういう文化的な活動に参加できるのだと、勇気と自信を与えられる。私ももっとがんばろう!と、決意をあらたに帰途に着くのである。

平川 郁世

神奈川県出身。イタリアのペルージャ外国人大学にて、語学と文化を学ぶ。結婚後はスコットランド滞在を経て、2006年末スイスに移住。バーゼル郊外でウォーキングに励み、風光明媚な風景を愛でつつ、この地に住む幸運を噛みしめている。一人娘に翻弄されながらも、日本語で文章を書くことはやめられず、フリーライターとして記事を執筆。2012年、ブログの一部を文芸社より「春香だより―父イタリア人、母日本人、イギリスで生まれ、スイスに育つ娘の【親バカ】育児記録」として出版。

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SWI swissinfo.ch スイス公共放送協会の国際部

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