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バーゼルに登場!乗り降り自由の観光バスで、マイナー観光地から脱却か?

ロンドンのようなダブルデッカーではもちろんない。カタツムリのような渦巻きは、バーゼルの市章である杖の柄の部分だ swissinfo.ch

バーゼルのどこがいいかといえば、それは奥ゆかしく、控えめな観光地であるという点だ。それなのに4月16日、街中の観光スポットをめぐるバスが、なんとバーゼルにお目見えした!この街がメジャーにならないことを願っていた私も、赤いバスを見かけるようになると、やはり興味がわいてくるのである・・・。


  ここ1カ月、バーゼルは観光客であふれていた。改修工事を終えた、バーゼル市立美術館のリニューアルオープン。インテリアから教育まで幅広いテーマを扱った見本市「ムーバ」の100周年記念イベント。フランスへ続く、ライン川遊歩道の完成。コスプレの祭典「ファンタジー・バーゼル」。先日はサッカー欧州リーグの決勝戦もあり、リバプールとセビリヤから約2万5千人ものサポーターが詰めかけ、バーゼルの街は赤く染まっていた!

 そんなイベント続きの中、このバーゼル・シティ・ツアーバスはデビューしたのだった。インタビューを受けるトルマー社長をローカルテレビで見た私は、さっそく取材に乗り出した。

「市立美術館」から乗車した。バス停は裏口の、ピカソ広場にあるので注意。バス停であることを示す標識はただいま準備中 swissinfo.ch

 座席に座ると、前のシートにタブレット端末が設置されている。観光スポットを説明するオーディオガイドで、周辺にあるその他の見どころも案内している。バスの移動と共に自動的に先に進むが、それまでは何度も再生可能だ。

 チケットを購入すると、このアプリを自分のスマホやiPadに無料ダウンロードできる。

ドイツ語・英語・フランス語から選べる。トルラー社長曰く、今年中には日本語も用意して下さるとのこと swissinfo.ch

 まずシアターバーゼル横の、ティンゲリーの泉にやってきた。動く彫刻で有名な芸術家ジャン・ティンゲリーの作った噴水で、観光客が必ず写真を撮るので、少し長めに停車してくれる。

またの名を「ファスナハト・ブルネン(カーニバルの泉)」。バーゼルで育ったティンゲリーが、こんな動きのある泉を使ってファスナハトを表現した swissinfo.ch

 フランス国鉄の駅が併設されているバーゼル駅、カラフルな外観の子ども病院、ナポレオンも宿泊した老舗ホテルのトロワ・ロワ、ライン川と渡し船などなどが、バスに乗ったまま見られるとは確かに快適である。停車時間の長い地点もいくつかあり、ちょっと下車してまた戻ることもできる。

運転手のダイアナ。「ちょっと見てきます」と言う客に「待ってますから、ごゆっくり」と声をかけていた swissinfo.ch

 オーディオガイドは、停車しない時も、地味な観光スポットまで次々と紹介していく。例えば、シナゴーグ。バーゼル大学付近の、静かなエリアに建つ。

 あるいは、マルクトハレ。巨大なドームの下に多国籍の屋台が並ぶ、バーゼルっ子の最近のトレンドだ。バスを降りてマルクトハレで食事というのもいい。

 または、ローンホフ。中心部の喧騒を離れた旧市街の一角にあり、静かな広場や路地もある。ぜひ下車して歩いてほしい! 

幅2.5mのバスは狭い道も通るが、こんな路上駐車では立ち往生。1分後にドライバー2人が現れ、車を移動させた swissinfo.ch

 あと、私が渋いなと思ったのは「ヴェックラウム・ヴァルトエック」。この建物で娘が演劇クラスを受講していて、実は毎週通っている。建物の外観も、中のレストランも、すべてがなんとなく面白い雰囲気だなと思ってはいた。が、この建物が元はビール工場だったとか、ここで文化プロジェクトがスタートした、などという歴史についてはまったく知らなかった!

 さすが、バーゼル観光局の協力を得ただけあって、バーゼルの主要な観光地はほぼカバーしているし、説明もコンパクトにまとまっている。

 実は外国人観光客らに交じって、なぜかバーゼル人も乗ってくる。「どんなものかと思って」好奇心から試しに乗ってみた、とのこと。地元民は、観光ツアーにあえて参加しようとは思わないが、座ったまま一通り見られるバスは試してみたくなるらしい。

 しかも座席は、革製のシートである。・・・これは書くべきか否か迷ったが、取材で何度か乗るうち、つい寝入ってしまったほど、座り心地が実によいのだ。 

天井もこんな風にガラス張りで、暑い日には開放される swissinfo.ch

 という訳で、バーゼル人も「なかなかいいじゃない」と満足気だった。ある調査によると、バーゼルに観光バスは必要か?という質問に対し、「はい」と答えた人が6割以上いた。「いいえ」と答えた人は3割ちょっと。私の知る限り、バーゼルの街に誇りを持つ人は少なくないが、地味な観光地であるがゆえの複雑な心境も見え隠れするようだ。

 というのは同じバーゼル人でも、偵察に来た観光ガイドは、意見が少し違ったのだ。「瑞独仏の国境が交わる地点を示したモニュメントや、ノバルティス・キャンパスにまで連れていってもらえるなんて、個人客にとっては、確かに便利よ。ルートを一周する2時間有効チケットは16フラン、バーゼル観光へのアプローチ(と、彼女は言った)としては、かなりお得よね。でも、自分の足で歩いて、初めて見えてくる良さが、バーゼルにはたくさんあるのよ・・・」。

 確かに、そうなのだ。最後にはたと気づくのだが、バーゼル観光の目玉である、ラートハウス(市庁舎)に行っていないではないか!

 もともとバーゼル市は、静かで安全な街の実現を目指し、気持ちよく散歩ができるようにと、2015年1月、市内中心部の厳しい交通規制に踏み切った。こじんまりとした町のサイズゆえに、バーゼル観光局も徒歩での観光を奨励してきたのだ。バーゼルの醍醐味はせまい路地を歩くことだと信じてきた私とて、バスでつーっと通り過ぎて早合点されたら困る、という気持ちがある。

 それはトルラー社長も同様で、バスが乗り降り自由である点をもっと活用してもらいたいと思っている。だから、ラートハウス前に乗り入れることは当初から想定していなかったそうだ。オーディオガイドでは、トロワ・ロワ周辺の見どころとしてラートハウスを紹介しているし、ラートハウスの案内も別にある。 

ミュンスター(大聖堂)は、これくらいの距離から見える。社長曰く、付近への乗り入れを申請中で、今年の夏には許可が下りる見通し swissinfo.ch

 私のいちばんのお気に入りである狭い路地は、あちこちで目に入る。興味を持った人は、降りて歩いてみようという気になるはず。しかしラートハウスは、車内に座ったままでは見えない。トロワ・ロワ前でバスを降り、3分ほど歩く必要がある。快適な牛革シートに座っていたら、疲れている観光客など、下車して歩こうとは思わないだろう。

スイス一の高層ビル・ロシュタワーをライン川対岸から望む swissinfo.ch

 しかし実際のところ、バーゼル観光業界においては、大規模な国際イベントによる訪問客が重要な位置を占めている。滞在中は忙しく、観光に割く時間がほとんどないのが現状だ。情報もなく、疲れているなら、ちょっと時間が空いたとしても、ホテルで休んでいるうちにチェックアウトの時間、なんてことも大いに考えられる。

 ならば、手軽に一通り見てまわれる観光バスは、ここバーゼルにこそ必要だったのではないか・・・たとえラートハウスが見られなくても。今までは観光そのものをしない人も多かったのだ。一部でも見ていただけるなら、やはりそのほうがいい。 

 考えてみれば、マイナーなバーゼルらしい観光バスではないか。中心部は走行が許されないバーゼルで、一部だけでも見ていただきたいと、今日も一心に我が道をゆく、けなげなバスなのだ。いつの日かミュンスターに行ける日を夢見て走り続けるその姿が、いじらしいではないか!

 5月末の時点で、バスは1台しかないそうだ。何年か後には、台数が増えているかもしれない。ダブルデッカーになっているかもしれない。・・・本音をいえば私は今のまま、小型のままでいいと思っている。トルラー社長には悪いけど、このほうがバーゼルの街に似合っている。

平川 郁世

神奈川県出身。イタリアのペルージャ外国人大学にて、語学と文化を学ぶ。結婚後はスコットランド滞在を経て、2006年末スイスに移住。バーゼル郊外でウォーキングに励み、風光明媚な風景を愛でつつ、この地に住む幸運を噛みしめている。一人娘に翻弄されながらも、日本語で文章を書くことはやめられず、フリーライターとして記事を執筆。2012年、ブログの一部を文芸社より「春香だより―父イタリア人、母日本人、イギリスで生まれ、スイスに育つ娘の【親バカ】育児記録」として出版。

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