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CERNのLHCが2倍の高速エネルギーで運転再開、次の発見は?

LHCがフル稼働し始めれば、科学者たちは暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギーの解明に一歩近づくことだろう Keystone

スイス・ジュネーブの欧州合同原子核研究機構(CERN)にある世界最大の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)。2年間の改良工事を終え4月5日、以前に比べ約2倍の高速エネルギーを備えて運転を再開した。CERNの物理学者デー・チャールトンさんに、今後何が期待できるのかを聞いた。

swissinfo.ch: LHCは2年間の長い運転停止を終え、稼働再開しました。高速エネルギーをほぼ倍増するために、工事では何が行われたのですか?

デーブ・チャールトン: まず、LHCのリングの周囲にある超電導磁石間の連結部を開き、接続部のテストと修理を行った。その結果、LHCは、より高いエネルギーに必要な電力を流すことが可能になった。新しい装置が誕生したと言ってもいい。

swissinfo.ch: LHCが13兆億電子ボルト(13TeV)という高速エネルギーでフル稼働するのはいつ頃ですか?2012年は8兆億電子ボルト(8TeV)でした。

チャールトン: 13TeVまで加速した陽子ビーム同士を衝突させた最初の物理現象は、5月半ばごろに得られると考えている。 

swissinfo.ch: 最初の物理現象を得るという期待に胸が膨らむことでしょう。新しい粒子も発見されるのでは?

チャールトン: とてもエキサイティングだ。だが一方で、私たちが探し求める新たな物理現象を発見するには、数年は覚悟しなければならないと分かっている。とにかく時間がかかるのだ。何度も陽子ビーム同士を衝突させ、多くの異なった現象を観察しなければならない。まず、何が起こっているのか全体像を把握し、その中から珍しい反応や現象を探し出さなければならないからだ。

今年の夏までには、種々の実験結果が出てくるだろう。私たちはそう確信している。だが、こうした結果は恐らく新粒子の発見ではない。新粒子の発見はその後になるだろう。しかし、それがいつになるのかは分からない。

LHCアトラス実験の広報担当者で物理学者のデーブ・チャールトンさん cern.ch

swissinfo.ch: 改良されたLHCによって、暗黒物質(ダークマター)の解明が進むのではと話題になっていますが。

チャールトン: 今日の物理において、暗黒物質は本当に厄介な存在で、いまだに大きな謎の一つだ。宇宙の95%が何でできているかは解明されていない。宇宙には暗黒物質があり、その総量は私たちの目で見える通常の物質(ノーマルマター)の5倍にも及ぶことが、天体観測から分かっている。だが、一体それは何なのか?それは分かっていない。最も可能性が高いのは、超対称性理論で説明できるものだ。この理論では、暗黒物質が、LHC内で作り出されるはずの粒子に起因するものだと予測されている。

LHCが再稼働した今、暗黒物質素粒子を作り出せるかどうかに関心が集まっている。一般的に暗黒物質素粒子というが、超対称性モデル、通称「SUSY(スージー)モデル」によれば、チャージーノ、ニュートラリーノ、グルイーノなどの面白い名前を持った粒子の存在が予想されている。

swissinfo.ch: 超対称性とは?

チャールトン: 超対称性は、これまでにまだ発見されていていない粒子のセットが存在すると予想する理論。既知の粒子に類似しているが異なった性質を持つ粒子のセットがパートナーとして存在するというものだ。これは対称性の考えによって生まれた。

超対称性を、分かりやすい日常用語で説明するのは難しい。通常の物質だけでなく反物質(アンチマター)の存在が分かってきたのは今から100年くらい前だと考えられる。反電子が発見されたのは、前世紀半ばだった。当初それが何か分からず物理学者は頭を悩ませていたのだが、それが電子のパートナーで、実は反粒子だと気がついた。

もしも超対称性が証明されれば、予想されている粒子のセットの存在が確認できる。それらは、私たちが見ることのできる通常の粒子に比べわずかに重いもので、全ての粒子に反粒子があると考えられる。

ひょっとすると暗黒物質は超対称性でない何かによって説明がつくのかもしれないが、それでもLHCで作り出すことのできる粒子から何かを理解できるかもしれない。私たちは、未解決の多くの問題を追及している。

swissinfo.ch: 新しいことが何も発見されないというリスクはありますか?

チャールトン: 今後3年くらいは、(2012年7月に)私たちが発見したヒッグス粒子を越える新しい粒子の発見がない可能性はある。 

だが、ヒッグス粒子の研究に関するものだけでも、私たちの目の前には大型のプログラムがある。ヒッグス粒子については、まだ多くのことが解明されていない。(素粒子物理学の)標準理論では、ヒッグス粒子がどのようなものかは予想されているが、まだその特性が実際に測定され始めた段階だ。より深く理解するために20年越しのプログラムが計画されている。これで物理学の「新しい窓」が開かれる可能性がある。ヒッグス粒子の詳細を研究し、より正確に測定することで、私たちは次の物理学がどんなものか、何が待ち構えているのかを把握できるだろう。

それに、さらなるヒッグス粒子が見つかる可能性もある。超対称性では少なくとも5種類のヒッグス粒子があると予想されているからだ。他の粒子では、それぞれの粒子にパートナー粒子が発見されている。ヒッグス粒子のパートナーもあるかもしれない。

4台の実験装置(Atlas、CMS、Alice、 LHCb)を備えた大型ハドロン衝突型加速器(LHC)。ジュネーブ北部の欧州合同原子核研究機関(CERN)が地下100メートルに建設した、全長27キロメートルのリングを持つトンネルだ cern.ch

swissinfo.ch: 高速エネルギーの倍増は、実際には新しい粒子の発見にどう貢献するのでしょうか?

チャールトン: 今年期待される最大の成果は、ビームがより高速に加速されることで実現する。より高速で陽子同士を衝突させればより高い衝突エネルギーが得られることから、エネルギーと質量の等価を示すアインシュタインの方程式E=mc2にならえば、より質量の重い粒子を作り出すことができる。ということは、これまでよりも質量の重い粒子を作り出す可能性がずっと高くなるということだ。これが、今年中に期待されている大きなステップだ。

その後それに続く何年かで、衝突の回数を増加させてビームの「強度」を増大し、より多くのデータを回収しながらさらに希少な反応や現象を探し出す。だが、今年がLHCプログラムの一番の山場になることは確かだ。

swissinfo.ch: CERNには多種多様のチームがありますが、現在の現場の雰囲気はどうですか? 

チャールトン: 明らかに興奮しているのが分かる。休みも取らず、24時間現場にいる。みんな生き生きとしていて、誰もが新しいデータを心待ちにしている。新しいLHCがうまく機能することは試運転で証明されているので、早く素晴らしいデータを得て、それをもとに物理学を展開したいと考えている。CERNは「興奮状態」にあると言えるだろう。

大型ハドロン衝突型加速器(LHC

 

1980年に総額65億フラン(約8兆円)をかけて建設された大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、世界最大の粒子加速器。ジュネーブ州北部の、フランスとの国境付近にある欧州合同原子核研究機構(CERN)が地下100メートルに作った、全周27キロメートルのリングを持つトンネル。

 

この巨大な加速器内で、双方からそれぞれ逆回りに入射された高速エネルギーの陽子ビームを4カ所で1秒間に数百回正面衝突させ、性質が特異な粒子の存在を観測する。光の速さまで加速された陽子ビームは、数千個もの超電導磁石によってリング内を回る。衝突で出てくるものは巨大な実験装置で観測される。LHCは、改良とメンテナンス工事のために数回の停止が予定されているが、今後20年間にわたって稼働する計画だ。


(英語からの翻訳・編集 由比かおり)

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