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小学校の外国語科目は1カ国語にすべき?

ドイツ語圏の州の多くはフランス語よりも英語の授業を先に行うほうが望ましいと考えている Keystone

チューリヒ州の公立小学校で行われている英語、フランス語の二つの外国語科目について、住民らが言語の習得に十分な授業数が確保されていないなどとして、1カ国語に絞るよう求めた提案を発議した。小学校での外国語教育をめぐっては、国際共通語の英語だけとする方針を打ち出した州もあるが、公用語の一つであるフランス語がないがしろにされれば他の言語地域との連帯感を失うと反発は大きい。

 ドイツ語圏地域では近年、児童に何カ国語を教えるべきかという議論が高まりを見せている。チューリヒ州では現在、児童は7歳(小学2年)から英語を学び、11歳(小学5年)からフランス語を学ぶ。

 ただ、スイスにとってはセンシティブな問題でもある。公用語が4カ国語あるこの国では、国際共通語の英語を優先するか、他の地域の言語を学ばせて地域間のつながりを維持するべきかというジレンマに突き当たるからだ。

 冒頭の発議は住民ら15人が提起。発起人らは、学校で2カ国語を教えること自体に反対はしていないが、小学校で一度に2カ国語を学ぶことが好ましくないと主張している。

 発起人の一人でチューリヒ州のハンスペーター・アムシュトゥッツ州議員(福音国民党)は、「ほとんどの児童が、2カ国語の外国語学習で良い成績を出せていない。授業は週にそれぞれ2時間しかなく、言語の習得には不十分だ」と訴える。

 アムシュトゥッツ氏は中学校教諭でもある自身の経験から、2カ国語教育についていけるのは成績の良い児童だけで、大半は問題を抱えるという。教師にとっても負担が大きく、外国語以外の科目がおろそかになると訴える。

 この住民発議はチューリヒ教職員連合など、複数の州教職員連合が賛同。小学校でまず第1外国語に集中し、中学校で第2外国語を学ぶシステムにすれば、2カ国語を一度に勉強するより、第2外国語の習得が早いとしている。ただ、英語とフランス語のどちらを先に教えるべきかには触れていない。

なぜ住民発議なのか

 なぜ住民発議が必要だったのか。それは、小学校のカリキュラム変更には州法改正が必要だからだ。通常は州教育委員会が決定するが、住民が発議を通して法改正のきっかけを作ることができる。

 アムシュトゥッツ氏は「州の教育方針はこれ以上動かない。外国語教育が、教育にかかわる政治家の威信につながってしまっている」と批判。そのため、住民発議で政治的な議論を呼び起こし、スイス相撲「シュヴィンゲン」の投げ技のように「(制度改革に反対する)相手をひっくり返したかった」と話す。

 住民発議の提起には6千筆以上の署名が必要だが、アムシュトゥッツ氏らは9270筆を集め、今年2月26日に州の司法当局に提出。3月14日に受理された。

 一方、同州では2006年11月にも似たような発議が住民投票にかけられたが、59%の反対で否決された経緯がある。

 アムシュトゥッツ氏は「あれから10年近く経ち、人々は(早い時期に二つの外国語を同時に教えることが難しいという)事実を知って我に返ったはずだ」として、前回と同じ結果にはならないと期待する。

フランス語?英語?それとも両方?

 小学校で何カ国語を教えるべきか、また英語、フランス語のどちらを先に教えるか。ドイツ語圏のトゥールガウ州、ルツェルン州、グラウビュンデン州では新たな教育方針などをめぐって波紋が広がっている。

 トゥールガウ州は2018年以降、小学校の外国語の授業は英語だけとし、フランス語は中学校から始める方針を4月に決定。しかし、公用語より英語を優先することはスイスの統一意識の薄れにつながるとして、フランス語圏地域から猛反発が起こった。ドイツ語圏の小学校では長い間、最初にフランス語が教えられた。フランス語圏では今もなお、第1外国語の授業はドイツ語だ。

 州初等教育局のマルティン・ヴェンデルシュピース元局長は、2カ国語教育は間違っていないと断言する。「大半の児童にはプラスになっている。負担を感じる児童もわずかにいるが、それはどの科目も同じこと。スポーツの授業が一部の児童にとって負担だからと、授業そのものをなくしはしないだろう」(ヴェンデルシュピース氏)。

 同氏の考える「典型的な妥協策」は「フランス語圏に近い州ではフランス語を先に教え、次に英語を教える。そうではない中央、東部の州では順番を逆にする」というものだ。

 スイスの連邦憲法は、初等教育は州の責務であり、各州の学校制度は調和がとれていなければならないと規定している。「そうでない場合は連邦政府の介入が認められている」とヴェンデルシュピース氏。アラン・ベルセ内務相はすでに、フランス語が小学校の科目から除外された場合、政府が介入する可能性を示唆した。

 どちらの言語を先に教えるか、議論は賛否が分かれている。チューリヒの住民発議では、どの言語を先に教えるかは州教育委員会が決めるものとした。アムシュトゥッツ氏は自身の意見として、フランス語を先に教えるべきだとしている。子どもたちは大きくなれば、音楽やパソコンを通じて自然に英語に触れるからだという。

 一方ヴェンデルシュピース氏は、同州では英語が圧倒的に好まれていると指摘する。

 どちらにせよ、住民発議はまず州政府が支持するか否かを決める。連邦政府の判断はその後だ。投票には少なくとも2年以上はかかる見込みという。

小学校での2カ国語教育は有効だと考えますか?意見をお寄せください。

外国語教育をめぐる各州の動き

ルツェルン州では、今回のものと似た住民発議が出されたが、州政府が無効と判断。しかしその後、連邦政府が有効と認めた。グラウビュンデン州でも同様の住民発議が出されたが、州政府が無効とする決定を出した。発起人らは今年5月、州行政裁判所に同決定の不服申し立てを行い、勝訴。ただ今後については不透明だ。

アールガウ州、バーゼル・ラント準州、シャフハウゼン州、ザンクト・ガレン州でも同様の議論が続いている。

一方、スイス中央部ニトヴァルデン準州では2015年、小学校の外国語科目を1カ国語のみとする住民発議が住民投票で否決された。

中央スイス教育委員会代表会議の調査では、14歳(8年生)までの時点で、子どもの英語の習得状況は良好だったのに対し、フランス語は習熟不足がみられた。しかし同会議は小学校のフランス語科目を継続する方針で、改善策を検討中という。


(英語からの翻訳・宇田薫 編集・スイスインフォ)

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